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haluta 365 REGULAR BOOK

LIVING, LIFETIME BEST

自分史上最高の、居場所のつくりかた

vol.13

February
,01,2017

巣ごもりの日々 #1『薪で風呂を焚く。』

posted by ASAKO FUJINO

 
昨年まで「信州の台所」をお読みいただき、ありがとうございました。
今回から3回にわたって、浅間山の北麓、標高1150mの山あいの村での「ある冬の日」のことを、『巣ごもりの日々』と題して綴ってみたいと思います。
よろしければ引き続き、お付合いください。
 
 

*  *  *  *  *  *  *  *  *

 
 

冬至を過ぎたとはいえ、冬の日は短い。
午後3時ともなると、太陽は浅間山の右肩に近づき、さっきまでパッキリと硬質だった青空が、とろんと黄みがかってくる。
仕事部屋の南向きの窓に西日が差し込みはじめると、もうおちおち仕事をしていられない。
夕方の「おつとめ」に向かわなければならない時間だ。

 
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「わが家は薪風呂なんです」
そう話すと、地元のひとにも、あらまあ、と驚かれる。
山あいの地域ゆえ、室内の暖房に薪ストーブをいれる家は少なくないが、風呂まで薪で沸かすというのはやはり珍しい。
山小屋に暮らし始めて間もない頃は、驚く反応が面白かったり、自慢したいような気持ちもあって、聞かれもしないのによく口にしていた。
いつだったか、「さすがはスローライフですね!」と大げさに目を丸くされ、途端に気恥ずかしくなって、以来あまり触れてはいないが。

 
この家に薪風呂を組み込んだのは、前の住民の意向によるものだ。
前の住民__つまり私の父が、どうして薪風呂にこだわったのか、理由をはっきり聞いてみたことはないけれど、父はここに来ると真っ先に風呂を焚いた。
午前中から窯に火を点け、真っ昼間、ちょうどよい湯温になったところで一度浴び、その後も少しくべておけば冷めにくいので、夜にも浸かる。
子どもの頃は、入りたいときにすぐに入れず、沸いたら沸いたで大抵熱すぎて、うめて適温にするのがひと苦労の薪風呂は、どちらかといえば厄介な存在だった。
浸かっている間にも、お尻や足の裏など湯船の底に触れる部分がジンジン熱くなってきて、ゆったり身体も伸ばせない。
「薪で炊いたお風呂は、出てからも身体が冷めにくいんだぞ」と言われたが、新陳代謝も活発な子ども時代にはそんな違いもわからない。

 
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それでも山小屋と薪風呂ははじめからセットだったので、ここで日常的に生活をすると決めたからには、使いこなすしかなかった。
今でもよく覚えているが、最初の年は散々だった。
窯の焚き口は母屋の北側の外にある。火を点けるにも、途中薪を足しにいくときも、いちいちコートを羽織って表に出なければならない。
マッチに焚き付け用の新聞紙と小枝を握りしめ、地面近くの低い焚き口の前にしゃがみこむ。奥まで覗き込むには、ほぼ地面に腹這いのような格好になる。
小枝から太めの枝、細い薪から太い薪へと、順序良く燃え移ってくれればいいが、量が少なかったり、木が湿っていたりすると、途中で燻って鎮火してしまう。鎮火すればいちからやり直し。
うまく火が回っても、家の中で何かしているうちに忘れてしまい、「あ!」と気づいて慌てて見に行けば、焚き上がる前にきれいさっぱり灰になっていることもたびたび。
ひどいのは雨や雪の日だ。当初、焚き口の上に屋根はなかった。傘は邪魔になるので使えず、ずぶ濡れになりながらの往復。なんのための風呂なんだかわからなくなる。
焚き上がるまでは、夏場なら2時間弱だが、冬の気温の低い日には3〜4時間。
苦労して沸かした風呂は、それこそ芯まで沁み渡るありがたさだったが、もともと早風呂体質のため浸かっているのはせいぜい10分ほど。かけた時間に対してこれではモトが取れていないのではないか。意地になって入り続けて、のぼせて気分が悪くなることも、笑い話でなく本当にあった。
さすがにこれが毎日では大変と、翌年、夫が焚き口のまわりをぐるりと壁と屋根で囲み、勝手口から濡れずに行き来できるように工事をした。
この「風呂焚き小屋」ができてから、作業は格段にスムーズになった。
が、毎日、夕方近くになると、何を置いてもまずは風呂を焚くという日課は、小屋暮らしが13年目を迎えても、変わることはない。

 
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世の中は、ボタンひとつで、それどころかどうやら外出先からスマホを操作してお湯が張れるということにまでなっているらしいというのに、私は毎日何をしているのだろう、と、昨日も、窯の前に腰掛けながら考えていた。
「風呂焚き小屋」をつくるのと同時に、腰を下ろせる段差もできたので、今では腹這いにならずに薪をくべ、ぼんやり火の番ができる。
さすがに12年間、(年間300数日と計算してもおよそ4000日!)焚き続けてきたので、最近では大失敗することはなくなったものの、外出先での用事を済ませて暗くなってから帰宅した日や、仕事が詰まってデスクの前から離れられない日などは、焚き付けのための数十分が煩わしいときも、実際ある。
それでも習慣というのは恐ろしいもので、頭では別のことを考えていながらも、手が勝手に動き、気づけば目の前の窯のなかで、パチパチと薪が勢いよくはぜている。そうなるとしばらく炎から目が離せず、そのままそこでぼんやり座り込むことになる。
追加の薪を取りに外に出ると、表はちょうど薄暮の時間。森がシルエットのように浮かび上がり、煙突からの白い煙がそのなかをするすると立ちのぼっていく。
木立が裸になった冬は、その奥にひときわ大きな浅間山の影がそびえ、その上空に一番星や月がチリチリと瞬いている。
あたりは静けさに包まれ、聞こえるのは時折不規則なリズムで木がはぜる音だけ。
揺らめく炎を前に、ふぅ、と、ひとつ息を吐く。
さっきまで頭のなかを占めていたいくつかのことが、いつの間にか消えている。からっぽ、とまではいかないが、波だっていた気持ちが収まって、凪いだような状態になっている。

 
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考えてみれば、数十分間、「なにもせずにただ居る」という時間は、一日のなかでそう作れるものではない。
公衆電話ボックスくらいのサイズのスペースに、もちろんパソコンも、スマホも、本も音楽もなく、あるのはわたしと燃える炎だけ。
空間からも、時間からも、ぽっかり取り残されたような、いま、ここ。
それは、数十年前のひとの暮らしなら、生活の延長にあったことだろうけれど、めまぐるしく変化してしまった現代となっては、作業以上にこの「無」になる時間そのものが、とても貴重なものになっている。
そうか、と、思った。
父にもきっと、この瞬間が大切だったのだ。
都会のど真ん中で、週刊誌のデザインというマッハのスピードで駆け抜ける業界にいて、2日でも体が空けば山小屋に向かった。
家族にとっても山小屋はもちろん最高の遊び場だったけれど、父には、ここに来て、薪をくべながら風呂を焚く、このタイムポケットのような時間が、なによりも至福だったに違いない。
時間もやりたいことも、どこまでも無限にあると信じて疑わなかった20代の頃までは、一風変わった懐古趣味くらいにしか思っていなかった。
もうすぐ、父がこの山小屋を建てたのと同じ年になる。
その場所に来てはじめて、理屈ではなく体感としてわかってくることも
あるのかもしれない。

 
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さて。
今日も無事、火はついたけれど、煙のまわりが少し鈍くなっているようだ。
週末、夫も休みの日に、ふた月に一度の煙突掃除をしなくては。
日々のことだけでなく、煙突や炉内の掃除、薪割り、焚き付け用の小枝拾い、と、一事が万事、薪風呂は面倒だ。
でも、自分だけの時間の「隙間」という妙薬は、一度味わってしまったら、なんとも捨てがたい。
この山小屋暮らしがつづく限りは、「風呂焚き小屋」への日参もきっとつづいていくに違いない。

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posted by ASAKO FUJINO

2004年より浅間山のふもと・北軽井沢に移住。週末のみオープンするブックカフェ「本とコーヒー麦小舎」を営みながら、暮らしまわりや地域文化などを中心に編集・ライター業に携わる。毎年秋に北軽井沢で行なわれる本のお祭り「ブックニック」主催。猫1犬1夫1と暮らす。

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